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いよいよ開始
遠征経路
ケープハウスへ向けて
いよいよ開始
24日のレース成績
沢山の思い出を有難う
山口県では有名人?
レース成績
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2002年8月24日(土曜日)
いよいよ今日から待ちに待ったマスターズレース。
嬉しさで朝5時半過ぎに目が覚め、海岸を散歩。
昇る朝日に風が吹くことを祈り、会場近くの祠(ほこら)で大会中の安全と活躍を祈願。
朝7時過ぎから一気に浜に艇が並び、8時過ぎから続々とセールが立ちはじめる。
9時30分から開会式。
木村会長の挨拶の後、昨年他界された二本柳さんと堀内さんのご冥福を祈って黙祷を捧げ、田中キャプテンから歓迎の言葉を頂戴して2002全日本マスターズは始まった。

堀内さんは存じ上げないが二本柳さんは10数年前から機会ある毎に私にレーザーを勧めてくださった先輩で、お元気なうちに私がレーザーに乗っている姿を見てほしかったなーとの思いでご冥福を祈りました。
予定では11時25分第一レースの予告信号でしたが、微風のためにスタート時間が延期となる。
恐らく12時過ぎだと思うがスタンダードクラスからレース開始。
風は弱いのに潮流がきつい。スタートラインは25艇参加のラジアルクラスには十分でしたが、何故か私は一人だけ下一でスタート。

スタートして艇は前に進んでいる感じですが、アウターマークがだんだんと前に・・・そう、私はスタートして10分くらいは後退していた。
タックして何とか前に進んではいますが他の艇団は本部船側はるか前方に見える。どうやら神は私を見放したようである。
そう言えば今朝、近くの祠にお参りした時に賽銭をあげていない。そのバチが当たったみたいである。

そんな悲しい私に追い討ちをかけるように何と私の帆走姿を新聞社のカメラが撮影していた。
上マークに近づいてみると、ラジアルと思われた3艇のうち2艇はスタンダードで、私はブービーで第一上マーク回航。
どうにもならないのでしばし上マークとお話して下マークへ。

上マークと下マークの中間点くらいでトップ艇と遭遇。このままでは私はタイムリミットだ。諦めの気分99%、まだまだ挽回のチャンスはあるという気分1%でひたすら下へ流されるように帆走。

下を回航してすぐに「このレースはノーレース」との案内。
一瞬我が耳を疑う。再度耳をダンボにしていると確かにノーレースと言っている。
おーーー、神は仏は私を見放してはいなかった。やはり朝日や祠には手を合わせておくものだ。早起きはこんなところでも得を恵んでくれる。

風が4mくらいに上がったところで第二レース開始。
下一に島本さんを見ながら下二でスタート。上り角度は私のほうが良いが速度は島本さんが良い。第一上を島本さん、林さんか上田さん、そして私の順で回航。第一下で林さんか上田さんに水を要求され、4番で回航。(初対面なので顔を見ても誰だか不明で、セール番号で名前を確認)

ここまでは良かった。その後に私は左海面に少し伸ばした。これが最悪。
タックして右海面に行くと、大谷さんを先頭に3艇が私の前を通過。
ここでタックしても挽回は不可能と判断し、そのまま右海面へ。
第二上マークを10番で回航し、ゴールまでそのままの位置を帆走。
またやっちまったー。最終上りの失敗。

17時過ぎからアニュアルミーティテング開始。
その後にレセプションに突入。昨夜の前夜祭も手作りの心こもった料理が多かったが、それにも増してレセプションでは海産物の焼き物も加わり美味しい料理のオンパレード。

満月が海面を照らしジャズの生バンドの音で宴もたけなわ。
私はホームページにレース速報掲載のために少し早めに情報発信基地へ。
越後谷師からレース速報から予想されるマークすべき選手と潮の中での帆走方法を伝授される。
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