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レース模様
出発までの日々その1
出発までの日々その2
レース模様
シーホッパー級成績
SR級成績
1999.11.21
13時に第一レーススタート予定でしたが、若干の延期があり5〜6mの風の中、第一レーススタート。
本部艇側有利みたいですが、混雑を避け中間位置からスタート。
セールの調整が悪いのかスピードも角度も悪く、ほとんど最下位グループを帆走。
ゴール手前でSRトップ艇に抜かれるという状態で67位でゴール。
だめだこりゃー。

引き続き第二レーススタート。
下側有利にもかかわらず、なんと本部艇側から4番目くらいでスタート。
完全にスタート位置の失敗。第一レースと同じような状態で帆走。
最終上マーク回航で近藤君が近くにおり、何でも沈したとのことで、小さなミスがもろに順位に影響する全日本の怖さを感じる。
例によってSRトップ集団3艇に抜かれるが、第一レースよりも上位の66位でゴール。情けない出だしで明日からのレースが心配。

18時から新西宮ヨットクラブハウス2階でレセブション。
サンダル履き禁止で、我々貧民は普段は立ち入りできない場所での会食に緊張する・・・・?
福岡の黒田君は奥様と子供連れで、レース中とは違ったパパの姿を見せてくれた。
本日仲良く1.2位でフィニッシュの永井兄弟から「リコール無しのスタートじゃだめ」「フリーで工夫して帆走させることは大切であり、多少の違反には目をつぶって」とのアドバイスと要望が出される。
 
1999.11.22
午前9時30分第三レーススタート予定ですが、例によって若干の延期の後にSRクラスからスタート。
風速2mくらい。この風で20位以内でゴールできなければ今回の大会に来た意味が無い。

最初のスタートはゼネラルリコール。黒色旗により1分間ルール適用になるも、リコール艇が多く、再度黒色旗スタート。
上側からスタートし、右海面を重点的に帆走させ30位前後で上マーク回航。
フリーで2〜3艇抜き、右海面を重点的に帆走させながら第2上マークを目指す。だんだんと風が落ちてきて第2上マークでコース短縮。

マーク目前で秋山紀夫さんの華麗なロールタックを拝見し、思わず「上手い」と声をかける。
何とかゴールラインを横切り、1分後にトップ艇ゴール後20分のタイムリミットと思われるフォーンが鳴る。

陸上待機の指示があり、ハーバーまで帆走させるが風が弱く、運営艇に曳航されてハーバーに戻り、しばしの風待ち。
陸上本部に結果速報が発表され第三レースは25位でゴールを確認。
あくまでも速報で、レース委員長の正式サインが無い成績ですが・・・・・・・・
14時20分AP旗が降下され、一斉に出艇。
15時過ぎに3〜4mの風の中、第四レーススタート。

本部艇側でスタート位置をキープしていましたが、ライン上の混乱に巻き込まれ最悪のスタートです。
おまけに帆走状態も最悪で、アウトホール・バング・カニンガムと色々と調整しますがスピードも角度も悪い。

1上から下、2上を最下位で回航。2下までのフリーでやっとのことで2艇を抜く。
最終の上りで2艇抜き65位でゴール。
最終上りの艤装状況に最初からセッティングできない現状が情けない。
やはり使い慣れていないセールを選択したのが間違いかな?
今さら後悔しても仕方がない。
 
1999.11.23
朝、ハーバーに行くと昨日の正式結果が掲示されていた。
あれ?第三レースはDNFになっている。昨日の速報では25位だったのに・・・・
23位の立道、24位の秋山もDNFになっている。
立道に話をすると「抗議したほうがいい」とのことで、レース委員会に「救済願い」を提出。
内容は、DNFの根拠の明確化と昨日の速報順位への回復。
最終レース終了後に審問されることを確認してレース海面へ出艇。

3m前後の風の中第五レーススタート。
本部艇側からスタートし、即タックで右に少し伸ばした時点で左海面有利に気がつくが、すでに遅い。
スターボードで左海面に伸ばすが、見事にポート艇がバウを通過していく。
1上回航は下位グループ。とにかく抜かれないようにフリーを帆走し、上りは左海面を帆走。なんとか49位でゴール。

風は上がる様子もなく3〜4mの風の中を第六レーススタート。
第五レースは左有利だったので下側にスタート位置をキープ。
近くには黒田選手の姿があり、正解かと思っていたが、なんと、なんとタックしてミートする艇は遥か上を帆走。
右海面有利。なんてことだ。すべてが裏目に出ている。
かなり気落ちして意欲も減退。62位でゴール。

午後1時以降はスタートしないと帆走指示書に明記されているので、第七レースは中止かと思ったが、12時30分にいきなりクラス旗・コース番号旗・P旗が掲揚され第七レースは開始された。
スタートラインを流していて、下側が有利なように感じられる。
黒田選手をはじめとして有力選手も下側からのスタートを狙っている。
下4番目くらいでスタート。すぐ上に黒田選手。

70艇のスタートラインは100m位の長さで、本部艇からの音響信号は聞こえず、旗も見えない。
振り向くと何艇かは自分より上を帆走しており、リコール艇があるのかどうかも不明のまま上マークを目指す。
中間くらいの順位で1上マーク回航。フリーも位置キープできて30位台でゴール。
この順位が自分のベスト順位なんだろう。

ハーバーに戻って解装している最中に審問の呼び出しがかかる。
立道、秋山、私の3人まとめて審問を受ける。
私にとって初めての抗議書(救済願い)提出であり、とりあえず言いたいことを説明。
さすがに秋山選手は競技規則BOOKと帆走指示書を元に理路整然とレース委員会の非を追及。
黒色旗による違反艇の定義はレース委員会も認めるが、トップ艇の定義でたとえ違反艇(DSQの艇)であっても「最終回航マーク方向から帆走してきてゴールラインを横切った艇がトップ艇である」という定義は覆すことはできず、私達3人はタイムリミット後のゴールでDNF。救済願いは却下された。
正規にスタートした艇からは20分以内でゴールしており、時代遅れの定義に少し納得できない。

秋山選手は上告すると言っていたが、結果が出るのは3ヶ月以上かかるみたいである。
審問を受けた後にレース成績の最終結果が出ていたので見ると、本日の最終レースは見事にリコールしておりDSQという結果である。
12艇がDSQとなっていたが、皮肉にも審問を受けた3人は仲良くDSQでした。
ある意味、自分自身最終レースはかなりシビアなレースを展開していた証であり、DSQにも不満は無い。

70艇参加で67位という成績で終わった全日本でしたが、自分の実力が全国ではその程度なのかと納得できる結果であり、それ以上に学ぶことが多くて充実した3日間でした。
今回の全日本で学んだことを来年のローカルレースで実践できれば、今までよりも少しは余裕を持ったレース展開ができると感じています。
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