PAGE TOP ▲

表 紙 >小さいヨット>1998全日本遠征記録>唐津城とヨット
唐津城とヨット
出発までの日々
唐津城とヨット
唐津くんち
長崎浪漫紀行
原爆資料館
グラバー園
孔子廟
癒しの里湯布院
ようこそ地獄へ
猿山見物
北の国へ98’秋
走行データ
98’全日本選手権成績
1998.10.31
ハーバーから城 唐津城 城からハーバー
あまりに早くヨットハーバーに到着した私は、とりあえずヨットを屋根に積んだまま唐津城と曳山展示場見物に出かけました。
秀吉の側近、寺沢志摩守広高が慶長13年(1608)に築城した「唐津城」。天守閣を中心に東と西に浜が続き、ちょうど鶴が羽を広げたように見えたので”舞鶴城”とも呼ばれているそうで、ヨットハーバーは城の東側にあり、西側には虹の松原があります。

この日はとっても天気がよくて5階の展望所からの景色はすばらしかったのですが、風が少し弱いのが気になりました。
曳山展示場見物については「唐津くんち」を見てね。

唐津城と曳山展示場を見物して、午後2時頃にハーバーに戻ってきたらヨットを運び込んでいる人がいました。
ヨットを車の屋根から降ろすのを手伝ってもらおうと声をかけたら、なんと北海道北見工業大学OB2名で、懐かしい話でしばしの時間を過ごす。

しばらくして四国は高松フリートの面々がやって来た。今年の東日本選手権に室蘭まで遠征してきたメンバーで、テント生活仲間でもあります。
5年程前に三重県津で開催された全日本でも、ハーバーの駐車場でテント生活をしていたのが、北海道支部と四国支部のメンバーだった。

北海道のセーラーは北海道内で開催されるヨットレースに参加するにも、片道250km走行なんてのは珍しくもなく、常に遠征という感じでテント暮らしも多いのですが、高松フリートの人達はレースもアウトドアも両方楽しむって感じのテント生活で、フリートメンバーの仲も良くてうらやましく感じる。
 
1998.11.1
ヨット ハーバー ヨット
アトランタ五輪のコーチである松山さん、そして重&木下という銀メダルトリオがレース運営するという、何とも贅沢な全日本選手権。
9時から受付が開始されましたが、シーホッパー級の参加艇数が44艇と少し寂しい感じです。
それに比べて、私がエントリーしたSR級は68艇という全日本史上最多の参加艇数。

SR級は国体成年女子・少年男女の競技種目ですが、エントリーしている選手の名前を見ると、9月に神奈川県で開催された第53回国体ヨット競技で上位入賞した選手がひしめいている。

普段のレースでは使用しないリコー番号をセールに張るのに「帆走指示書」を読んでいて、完全艤装による艇体チェックがあることを知る。
別にクラスルール違反の艤装はしていないつもりであるが少しドキドキ。
別に指摘されることもなく艇体チェックをパスしてほっと一安心。

予定通りに第一レースは13時にシーホッパー級がスタートしましたが、SR級はゼネラルリコール。まさに波乱の幕開けで白熱したレースになること確実。
再スタートを待つ間に風向が変わり、コース変更の為にマーク打ち直し。
予定より34分遅れの13時40分にSR級スタート。
近藤、加原の高校生トリオが1.2でフィニッシュ。

5〜6mと風が安定してきた14時56分に第二レーススタート。
加原、近藤、佐藤麻衣子の順でフィニッシュ。

18時からハーバーの2階でパーティーがあり、地元唐津のヨットクラブの父兄の方が用意された料理が出され感激。
普段のレースではあまり高校生と一緒になることは無いもので、制服姿の多数の高校生を見て若さとパワーに圧倒される。
 
1998.11.2
早朝のハーバー 白黒 風待ち
今日も風が弱い日でスタート地点まで行くのも大変です。
2〜4mの風の中、スタート順が昨日とは逆でSR級が先にスタート。
第一レース。1−2−3とマーク回航して2マークに登ったところで後スタートのシーホッパー級の集団と遭遇。

風が弱いうえにランニングでの帆走で、ほとんど団子状態。先頭集団がもろに影響を受け、ゴールしてみると前日トップ争いをしていた近藤君は37位、佐藤麻衣子さんは47位という順位でした。加原君が10位と健闘していますが、前日6位4位の中川君が5位でゴールし、トップ争いに加わってきました。私は先頭集団にいた訳でもないのに後ろに2艇しかいないという順位でゴールしました。

4〜6mと少し風が出てきた11時44分、第二レースがスタート。
さすがにトップ集団に大きな変化は無く、国体上位の高校生と成年女子ばかり。
13時40分、第三レーススタート。
少し左に風が振れる傾向があると感じ下側2番手でスタートしましたが、正解。
スタート後20秒くらいでタックしてポートで佐藤麻衣子選手のバウを通過。5分後にタックを返した時点で6番手。「おいおい、麻衣子より上を帆走しているぞ」などと浮かれていたら急にティラーが軽くなる。

よく見るとラダーを固定するシートが外れてラダーが半分上がった状態。あわててラダーを固定するシートを引くが引ききれず、ラダーを手で押してシートを固定。
そんなことをしている間にどんどん抜かれていく。普段は考えられないアクシデントにがっくりしながら35位でゴール。
佐藤麻衣子選手は4位でゴールしており、本当に残念。

2日目を終了した時点で近藤、加原、中川の高校生が上位3番で才木、佐藤麻衣子、津守と女子が続く。
 
1998.11.3
セール バング アウトホール
今日は朝から風が無く、1時間の出艇延期。
10時過ぎから風が出てきて11時11分にシーホッパー級がスタート。その6分後SR級がスタートであるがゼネラルリコール。
今日は13時以降のスタートは行わないことになっており、予定したレースが消化できるのだろうか?
などと心配しながら11時25分SR級スタート。

スタート後に出艇申告をせずに出艇したことに気がつく。気がついたのは良いことであるが、レース中にそんなことに気がつくと言うことはレースに集中していないことであり、当然上位を帆走しているわけがない。
55位というだらしない順位でゴールしたが出艇申告忘れでPTPというペナルティーを科せられ順位を3つ下げられる。勘弁してほしいよなー。

気をとりなおして臨んだ最終レース。
12時47分シーホッパー級、12時53分SR級がスタートという、ゼネラルリコールがあったら最終レース無しという状態。さすがにオリンピック銀メダルトリオ、抜群のレース運営。
最後まで本調子の出ない私は、なんとか39位でゴールしたものの、ハーバーに戻ってヨットを陸に上げている最中に船台のタイヤが片方外れるというハプニングに見舞われて最悪の日でした。

何だかんだしながら4時頃に閉会式も終わり、私は遠来賞を貰って大喜び。長崎に向けてハーバーを出発したが唐津の街は「くんち」見物帰りの人と車で混雑しており、街を抜けるのに一苦労しました。

文中敬称略の部分あり。
Copyright © ヨットは只今漂流中 All Rights Reserved.